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カテゴリー: 詩
訃報聞きディ・チェコを茹でつ
訃報聞きディ・チェコを茹でつ窓見れば隣の桜に日のこぼれつつ まゆみさんのブログで、彼女の親しかったお友達が亡くなられたことを読んだ。まったく予想外の突然の死であったようだ。 こうして、別れはいつでも突然やってくる。今日できることは今日する。そうして、一日一日を大切に生きてゆくことの重要さを思い起こさせられた。
永久に問うては散る言の葉は
アメブロがリニューアルということでしばらく閉じていた関係もあり、久々に「風マリア」を訪問して、以下の歌を見つけた。 少しずつ書き記したる無意味さを永久に問うては散る言の葉は 失くしたキー不意に現るジーパンの後ろポケット何日眠る これでもか、これでもかって羅列するふぞろいな文字うつろわば春 短歌にはポツポツとしてあらわれる大きな文字がよくにあふかな 一首目は、…
わたしが歌人で無い理由
以前にも書いたが、わたしは自分のことを歌人とは思っていない。理由は単純である。あまりにも勉強が足りないからだ。 わたしは万葉集も古今も新古今もちゃんと読んでいない。子規も晶子もまともに読んでいない。茂吉も赤彦も文明も塚本邦夫も岡井隆も読んでいない。みんな、代表歌と呼ばれるようなものを、父の紹介でぱらぱらと目にしているだけだ。体系立って読み込んだことは無いのだ…
短歌のフラット化について
短歌ヴァーサスに、短歌のフラット化の話が出ていた。わたしは父の死から15年ほど短歌から離れていたのだが、その間に短歌を取り巻く環境は激変して、今や綿密に構造を構築した短歌は流行らなくなってしまったようだ。 私は、詩というものは、語るべきことがあって、なおかつそれを凝縮することによって一瞬で伝えることができる「密度」にこそ意味があると思っている。そうでなければ…
中天に半月懸かる冬の夕
中天に半月懸かる冬の夕ほの昏き道独り歩みつ 外出先からの帰りの外苑前の道を歩いていたときふと上を見たら、頭の真上に半月が浮かんでいた。西の空は茜色に染まっていた。人は、ぽつりぽつりと、みな独りづつでうつむき加減に歩いていた。
