ロマンス~オペラ「パトラン先生」より

高木綾子 - Sicilienne高木綾子さんのCD[1]でこの曲を聞いて以来、良い曲だなぁと思いながらちゃんと調べていなかったのを反省してちょっと調べて見ました。

フランソワ・バザン[2]の喜歌劇「パトラン先生」(1856) は、その中の「ロマンス」こそ演奏される機会がありますが、現代ではほとんど演奏されなくなってしまったオペラです。このオペラの原作は、作者不詳[3] の中世フランスの喜劇[4]「La Farce de maître Pierre Pathelin(ピエール・パトラン先生の笑劇)」です。笑いの中に、時代の流れに取り残されてゆく人の悲哀を埋め込んだ名作[5]で、他の笑劇の三倍の長さを持つ点でも、また質的にも中世喜劇の代表作[10]といわれます。ちなみに、日本語訳は岩波文庫から出ていました[8]。絶版です。今回私は中古を手に入れました

パトラン先生は、フランスはバス=ノルマンディー地方の小さな村の貧乏弁護士先生。当時は国の制度が徐々に整い、正式な教育を受けた弁護士も出始めたところ。パトラン先生は残念ながらそうした専門教育は受けていない、前世代の弁護士に属します。当然、ちゃんと教育を受けた人たちに仕事を奪われて貧乏暮らしで、彼も奥さんも穴の開いた服を着ているような状態。そこで、パトラン先生一計を案じ、布屋のギヨーム(Guillaume Joceaulme)のところに行ってお世辞おべんちゃらを言って、6ヤードの高級生地をツケで売るように説得します。

パトラン先生は早速布地を持って家に帰ると、ギヨームがお金を取りに来ることを奥さんのギユメット(Guillemette)に告げ、パトラン先生がすでに3ヶ月も床に臥しているように振る舞うように言います。ギヨームがお金を取りに来ると、そこには長患いで錯乱したパトラン先生がいたので、お金の回収を諦めて帰ります。

そこへ、羊飼いのティボーがパトラン先生に助けを求めにやってきます。彼はギヨームの羊を盗んで食べてしまっていて、それが見つかって訴えられたのです。パトラン先生のところへは弁護をしてもらいに来たわけです。久しぶりの仕事、もちろんパトラン先生は受けます。そして、ティボーには、裁判では羊が啼くみたいに「メー」としか言うなと命じます。狂人を装って裁判を乗り切ろうというわけです。

さて、裁判の場、ギヨームはティボーの弁護人が変装したパトラン先生であることを発見します。彼は、裁判官に、パトラン先生に布地を騙し取られたことと、ティボーに羊を盗られたことを両方話そうとしますが、話がごちゃごちゃになってうまくいきません。一方、証言を求められると、ティボーは「メー」としか言いません。パトラン先生の策略がまんまと成功して、無事(?)ティボーは無罪を獲得します。そこで、パトラン先生はティボーに弁護料を請求します。ところが!ティボーはやはり「メー」としか言いません。パトラン先生の画期的な戦術が今度は自分に対して使わていることに気づき、パトラン先生は諦めて帰ってゆきます。

この原作では、登場人物は5人。

  • ピエール・パトラン先生 (Maître Pierre Pathelin), 没落弁護士。抜け目がなく、口がうまい。
  • ギユメット (Guillemette) – パトラン先生の妻。パトラン先生が病気だと装い、ギヨームを騙す。
  • ギヨーム・ジョソーム (Guillaume Joceaulme) – パトラン先生に布地を売る服屋。非常に不誠実な男だが、今回は騙されてしまう。
  • ティボー・ラニェレ (Thibaud l’Agnelet) – パトラン先生に助けを求める羊飼い。最後にはパトラン先生を騙す。
  • 裁判官 (Le Juge) – ギヨームと羊飼いの間の裁判を行う。

しかしながら、バザンのオペラでは登場人物が追加されています[9]

  • アンジェリク (Angélique) – パトラン先生の姪。(「天使のような」という意味)
  • シャルロ (Charlot) – 布屋のギヨームが後見人をする少年
  • ボビネット (Bobinette) – パトラン先生のメイド。羊飼いのラニェレの婚約者

で、件のロマンス (Romance de Charlot) はパトラン先生ではなく、アンジェリク(Angélique) に対してシャルロ(Charlot)が歌います。愛しているのに、その愛はうまくいっていません。シャルロは思いを溢れさせます。

フランス語歌詞:

Je pense à vous quand je m’éveille
Et de loin, je vous suis des yeux.
Je vous revoie quand je sommeille
Dans un songe mystérieux.
Le seul bonheur auquel mon cœur aspire,
C’est d’obtenir un « à vous » les plus doux :
Voilà, voilà ce que je veux vous dire,
Mais hélas, j’ai trop peur de vous…

Quand je guette votre passage,
Lorsque j’espère enfin vous revoir,
Je dis dans un doux langage :
« Aujourd’hui je venais vous voir ».
Je veux, je veux dans un brûlant délire
Dire « Je t’aime » en tombant à genoux :
Voilà, voilà ce que je veux vous dire,
Mais hélas, j’ai trop peur de vous…

英訳すると

I think of you when I awake
And from a distance, I am you eyes.
I see again you when I drowse
In a mysterious dream.
The only happiness to which my heart aspires,
It is to acquire one « to you » the softest:
Here here is what I want to say to you,
But alas, I am too much afraid of you …

When I waylay for your passage,
When I finally hope to see again you,
I say in a soft language:
« Today I came to see you ».
I want, I want in a burning frenzy
To say « I love you » by falling to knees:
Here here is what I want to say to you,
But alas, I am too much afraid of you …

私家版和訳:

目覚めれば君を想う
遠くから、君の目を
うたたねに君を見る
神秘的な夢の中で
僕の心が望む幸わせは
「あなた」という甘いささやきだけ
君に、君に言いたいことがあるのに
ああ、怖すぎてとても言えない

君の通る小道で待ち伏せて
ついに君に会えた時
僕は甘くささやくんだ
「今日は君に会いに来たよ」
燃え盛る狂気の中で
ひざまずいて「愛してる」と言いたい
君に、君に言いたいことがあるのに
ああ、怖すぎてとても言えない …

純粋でいいねぇ(遠い目)。

あ、でも、以前高木綾子さんと宮崎のお好み焼き屋さんで隣になった時[1]、「ファンです、サインしてください」って言えなかった僕も捨てたもんじゃないか(笑。

では、Piotr Beczala の演奏で、どうぞ。

[1] 高木綾子:シシリエンヌ〜どうでも良いけど、一回だけお好み焼き屋さんのカウンターで偶然お腹の大きかった高木さんと隣りに座ったことがある…。宮崎国際音楽祭にストラヴィンスキーの「きつね」に出演した打ち上げで。サインもらえばよかった…。まだ多分学生さんだった高木さんの「ブエノスアイレスの冬」を車の中でFMラジオで聞いて以来ファンなのですよ。

[2] 1816/9/4 マルセイユ生まれ。1878/7/2 パリで死去

[3] 諸説あるが、おそらくRené d’Anjou の道化の Triboulet であろうとされている。

[4] 1457年作の韻文劇。フランス最初の喜劇とされている。初版は1464年。「ラブレーをはじめとする16世紀の作家・劇作家たちに影響を与えただけでなく、現代フランス語にすらその痕跡を残した中世演劇の一大傑作」[6]。「混乱を極める法廷シーンでの判官の台詞、「羊の話に戻ろう」は、「本題に戻ろう」という意味の慣用句にもなっているとか。」[7]

[5] 当時は非常によく演じられ、今でも演じられているようで、Youtubeには子供たちが演じている版などがたくさんアップされています。

[6] 東北大学准教授黒岩卓『ピエール・パトラン先生』を巡る諸問題より(リンク切れ)

[7] ひつじニュース 「ピエール・パトラン先生」より

[8] 渡辺一夫訳:『ピエール・パトラン先生』岩波文庫 (第四刷 1995年 [第一刷1965年])

[9] André Tissier, “Recueil de farces (1450-1550)”, P.135

[10]佐藤 康:『中世演劇の諸相』http://www4.ocn.ne.jp/~ysato/moyen.htm

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