訃報聞きディ・チェコを茹でつ

訃報聞きディ・チェコを茹でつ窓見れば隣の桜に日のこぼれつつ まゆみさんのブログで、彼女の親しかったお友達が亡くなられたことを読んだ。まったく予想外の突然の死であったようだ。 こうして、別れはいつでも突然やってくる。今日できることは今日する。そうして、一日一日を大切に生きてゆくこと…

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永久に問うては散る言の葉は

アメブロがリニューアルということでしばらく閉じていた関係もあり、久々に「風マリア」を訪問して、以下の歌を見つけた。 少しずつ書き記したる無意味さを永久に問うては散る言の葉は 失くしたキー不意に現るジーパンの後ろポケット何日眠る これでもか、これでもかって羅列するふぞろいな文字うつ…

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わたしが歌人で無い理由

以前にも書いたが、わたしは自分のことを歌人とは思っていない。理由は単純である。あまりにも勉強が足りないからだ。 わたしは万葉集も古今も新古今もちゃんと読んでいない。子規も晶子もまともに読んでいない。茂吉も赤彦も文明も塚本邦夫も岡井隆も読んでいない。みんな、代表歌と呼ばれるようなも…

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短歌のフラット化について

短歌ヴァーサスに、短歌のフラット化の話が出ていた。わたしは父の死から15年ほど短歌から離れていたのだが、その間に短歌を取り巻く環境は激変して、今や綿密に構造を構築した短歌は流行らなくなってしまったようだ。 私は、詩というものは、語るべきことがあって、なおかつそれを凝縮することによ…

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戦場の雲

戦場に積もり行きたる苦しみの過ぎたる日々の消え行きし雲 糸数(沖縄・玉城村)の真っ暗な地下壕(アブチラガマ)の中を1時間くらいかけて歩いた。中は懐中電灯があっても足元が危ないような場所だ。ここに600人以上の人々が閉じ込められて、ガソリンを流し込まれて焼かれたりなどして行った苦し…

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生きるということ

とまりゆく時間のなかでわれの息死に絶えるまで今を重ねる (しらいしまさこ) 「われの息死に絶えるまで今を重ねる」。厳然たる事実。その事実の観察をぽんと言葉に写生している。読んだ瞬間に、あ、やられた、と思った。今まで、考えもしなかった。生きるということは、そういうことなんだなと再確…

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