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政治

6月15日の曲:北原白秋・山田耕筰『この道』

北原白秋と山田耕筰は1922年に雑誌『詩と音楽』を創刊して詩と音楽の融合を図り、日本語の高低アクセントと日本人生来のリズム感を活かした近代化曲様式を確立しました。 「この道」(1927)はこの中で生まれてきたもので、「ことばのアクセントをそのままメロディーに置き換え、さらに瑞々しい情感を映し出した傑…

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短歌・俳句

花見

今日ついに花見をした。 渋谷の岸辺幼稚園の庭で親戚一同が集まって、亡くなった人の写真をみんな出してきて並べて。 もはやもう、ほとんど動けなくなった、今年で13歳になる老犬アーニャが日向にほっこりとしている。 君と過ごす春ももうあと幾度かとひそりと咲ける山桜見ゆ

短歌・俳句

葉桜

雨の後の街を歩くと、すでに葉桜だ。 この年になると、あと何回さくらを見ることができるのだろうと考えてしまう。 そのせいか、葉桜の良さも以前よりも分かってきたような気がする。 もっとも、葉桜の俳句で歳時記をめくると、 葉桜に全くひまな茶店かな 近藤いぬゐ 葉桜やいつか川辺に人憩ふ 稲畑汀子 葉ざくらや南良に二日の泊り客 与謝蕪村 葉ざくらや人に知ら […

短歌・俳句

花散らす

ここの所ずっと悩まされていた頭痛がようやく軽く残っている感じのところまで来た。アセトアミノフェン 300mg x 1 を飲んで、誰もいない家で横になっいると、寝たときは軽く降っていただけの春雨が、いつしか窓を激しく打つ大雨になっていた。この雨では、せっかくの満開の桜も散ってしまうだろう。 花散らす雨音激し春の宵 今年は花見をしなかったなぁ。

短歌・俳句

過去をもう断ち切るごとく

日曜の夕方に髪を切った。かなり短くした。そのことで、今日は結構いろんな人に髪を切ったねと言われた。 男が切ったのは「さわやかになったじゃん」とか、ごく軽い気持ちで話題にできるが、これが女が長い髪をばっさり切ったりすると、はたしてそのことを話題にしても良いものかどうかすら迷ってしまう。髪は女の命とかいうことを信じているからか?いや、そんなことは有りそうもない。…

短歌・俳句

香爐峯の雪

霞立つ夜明けの森の遺愛寺の時を告げたる静寂(しじま)の鐘や 霞立つ夜明けの森に木霊する遺愛寺の鐘静かなるかな 「香爐峯の雪は簾を撥げて看る」というのは、枕草子に出てくる一節。中宮定子が「香炉峰の雪、いかならん」と尋ねたのに対して、清少納言が簾を上げる有名な場面。 雪のいと高う降りたるを 例ならず御格子まゐりて 炭櫃に火おこして 物語などして集りさぶらふに (…

短歌・俳句

見送りし君の背中は

見送りし君の背中は雑踏の中に溶け行く春の夕べや グエランの時を纏いし君はもう春の夕べの風の悲しき 三十年(みそとせ)の時を刻みし葡萄酒のラベルを胸に立ちつくし居り

短歌・俳句

あけましておめでとうございます

訪うひとの 愛でたる花の 手桶をば 真白き雪の 曙に措かむ うーんしかし、ここ3日ほど寝込んでいて、ミレナリオにも行けなかった。ことしで最後だというのに。まだ行けば間に合うのかもしれないが、ようやく息が普通にできるようになってきたところで、今行ったら墓穴を掘るな。やめよう。 残念。

短歌・俳句

二十年

病より降り積もりたる二十年(はつとせ)を 今ゆっくりと溶かしつつ居り もう年の瀬だ。月日が経つのがはやい。振り返ってみると最初にがんセンターに行ったのが20歳の3月24日だから、いつの間にやら、病に倒れてからかれこれ20年がたとうとしている。 ところで、今年で東京ミレナリオは休止だそうである。これももう7年続いていた。感慨深い。有終の美を見に行く人は多いのだ…