デジタル技術の進化により、私たちの個人情報やデータへの依存がますます高まっています。しかし、多くの政府提供IDシステムは、ユーザーのプライバシーや自由を十分に考慮していないことがあります。その中で、ユタ州の「SB260法案」1は、他のシステムとは異なるアプローチを取り、ユーザーのプライバシー保護とデータ管理の自主性を根底から強化していると話題になっています(Chang(2025)他)。そこで、本記事では、その特徴と他のデジタルIDシステムとの差別化点について検討してみます。
SB260法案のユニークな特徴
SB260法案が他の政府提供IDシステムと大きく異なる点は、以下の特徴にあります。
個人の自主性を尊重
SB260では、「州が個人のアイデンティティを定義しない」と明確に規定されています (§ 63A-16-1202)。そして「州は特定の状況において、個人のアイデンティティを認識し承認することがある」とされています。従来の多くの政府IDは、政府が個人のアイデンティティを定義し、認識する権限を持っており、個人の存在は政府の承認に依存していました。これとSB260の新しいアプローチは根本的に異なります。SB260では、人間はすでに自分自身の権利で存在していることを認識し、州の役割は人間が認識され、法で規定された方法で州の承認を管理できるよう支援を提供する支援者という形になります。SB260は個人の自主性に重点を置いています 。前者のアプローチだと、政府に認識されないことによって存在が否定されうるのに対し、後者ではそれがおきません。

監視とデータ共有の禁止
SB260では、デジタルIDが提示された際、政府機関やその他の関係者による監視や情報共有を厳しく禁止しています。例えば、提示されたID情報を、提示を受けた企業などがマーケティングや監視目的で使用することが許されません。このガイドラインは、ユーザーデータが不必要に共有されることを防ぎ、データ管理の透明性を促進します 。

選択的な情報開示
多くの物理的な身分証明書では、住所や年齢といったすべての情報が開示されますが、SB260は「選択的開示」を可能にする技術を採用するとしています。例えば、年齢確認が必要な場合でも、実際の誕生日や住所を共有する必要がありません。これにより、個人情報が不必要に漏洩することを防ぎます 。

デバイスの提供を強制しない
SB260は、デジタルアイデンティティ確認の際にモバイル端末を提供することを強制しないと規定しています。この規定は、法執行機関や他の政府関係者が端末へのアクセスを求める可能性を排除し、端末内の個人データの保護を保証します 。このあたりは、デバイスを確認者が預かって、あんなことやこんなことをできるような制度とだいぶ違うと言えます。

デジタルアイデンティティの利用は完全に任意
他のアイデンティティシステムとは異なり、SB260ではデジタルアイデンティティの利用が完全に任意であることが強調されています。政府機関はデジタルアイデンティティを強制したり、使用を推奨するためのインセンティブを提供することはできません。これにより、技術に不慣れな住民やデジタルツールの使用を望まない住民への配慮がなされています 。2
他のIDシステムとの比較:何が違うのか?
多くの政府提供IDでは、監視とデータ収集が懸念されています。一部のシステムでは、個人情報がマーケティングやデータ解析に利用される可能性がありますが、SB260はこれを明確に禁止しています。また、他のシステムではデジタルIDが義務化される場合があり、ユーザーには選択肢がありません。一方で、SB260は完全に任意のシステムであり、ユーザー中心の設計が際立っています。
その結果、SB260はプライバシーを優先し、ユーザーのデータ管理を完全に可能にする未来型のデジタルIDシステムとして注目されています。このユーザー主導型のアプローチは、アメリカ全土だけでなく、世界中のデジタルID開発にも影響を与える可能性があります 。
結論:デジタル時代の新しい参照点
ユタ州のSB260法案は、デジタルIDの未来を形作る重要な節目と言えます。ユーザーの自主性、プライバシーの保護、選択の自由を包括的に保証するこの法案は、他の政府提供IDシステムとは一線を画すものです。
文書の出来自体に関して言うと、Identityの定義が「”Identity” means any attribute used to identify or distinguish a specific individual.」になっていたり、「(a)each individual has a unique identity;」となっているところなど、規格的な見方をするといろいろと気になる点はあります。が、SB260は、個人の自由とデータ管理の新しい基準を設定するだけでなく、技術と法律が調和してユーザー本位の世界を実現するモデルとして広く認知され、今後デジタルIDを制度化していく各種法域において、デジタル時代における安心・安全なIDシステムということに関して、何らかの影響を与えていくことでしょう。これを受けて、アメリカの各州がどう動くか、目がはなせません。
(参考資料)
- Chang, Wayne. (2025). Utah’s Digital ID Bill SB260 is the New Frontier for User-Controlled Identity. SpruceID, https://blog.spruceid.com/utahs-digital-id-law-sb260-is-the-new-frontier-for-user-controlled-identity/
- Utah State Legislature. (2025). S.B. 260 Individual Digital Identity Amendments. https://le.utah.gov/~2025/bills/static/SB0260.html