詩音
静かの世界の君なれば
夜空の花火は流れ星
波打ち際のさざ波も
夢へと消ゆる海の泡
静かの世界の君なれば
耳の奥に棲む巻貝の
波の記憶もただ詩の
音の中にぞ留まらん
静かの世界の君なれば
(一九九八年九月五日)
家路
羅生門記憶の底に
去る人の別れの言葉
落陽の山の端には
紫の雲のたなびく
如月の寒空仰ぎ
さればこそ帰去来
(一九九八年九月六日)
夏ぼたん
夏ぼたん
草いきれ
緑陰に
一輪置かむ
西方の
貴人を想い
八月の
海に流さむ
夏ぼたん
白き花弁の
花の色
君の心か
夏ぼたん
夕闇迫り
蝉時雨
一人佇む
(一九九八年九月六日)
老人
老人は、川を見おろし
「ああ」
と言った。
瘤だらけの木の根のように
変形した手で杖をつき、
胸を張って言った。
台風の後の川の流れは大層速く、
白く泡を立てながら
流れ落ちて行った。
老人は、川を見おろしいつも
「ああ」
としか言わない。
灰色の濁った瞳から、
透明な水がわき出すと、
一筋の流れとなって、
頬をつたい落ちていった。
(一九九八年十月三日)
月の夜
秋のはじめの十五夜は
棚田の土を照らし出す
収穫終えた村人は
感謝の祭りの真っ盛り
ただ黒々と横たわる
たんぼの泥の片隅の
あぜ道続く草むらに
眠るとんぼの薄羽は
月の光を受けとめて
きらきらきらりと続いてる
じろりと睨むがま蛙
秋のはじめの十五夜は
冷たい空気で更けてゆく
とんぼで光るあぜ道に
くっきり浮かぶ影法師
寝息をたてる君の顔
お月さまが笑ってる
(一九九八年十月四日)
秋の山
散ら散り散る散れ散ろ散らりん
秋の日、木の葉、散ろ散らりん
お山の秋はお祭りだ
あけびに栗に松茸に
散ら散り散る散れ散ろ散らりん
木もれ日に散る、散ろ散らりん
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