「Initiative Q」に対するわたしの考え方

いろいろと「Q」が飛んでいる「Initiative Q」に関する私の考えを述べます。

Initiative Q は、クレジットカードなどの既存決済システムを引きずらない、次世代の決済ネットワークをデジタル通貨ベースで作ろうという試みです。ある意味、仮想通貨にも近いようにも思われますが、Bitcoinなどとはアプローチが全く異なります。特徴は以下のようになります。

1. トラスト・チェーンの生成

親が子供の本人性を確認し、子供が孫の本人性を確認していくという、「トラスト・チェーン」を作ります。これは、匿名性を重んじたビットコインなどとは真逆のアプローチで、正しく本人確認をして行くときの定石です。

2. ソーシャル・グラフを使った急速な拡大による「にわ・たま問題」の解決

同時に、初期メンバーに対してリワードを約束することによって、急速に広げることを行っています。これはDropboxなどが当初やっていた友達紹介キャンペーンに近いですが、孫の世代までリワードが得られるところがちょっと違います。ここのところが「ネズミ講」を思わせるところですが、いわゆる「ネズミ講」は、子から親が資金を吸い上げ利益を得る仕組みであるのに対して、これはそうなっておらず、子や孫が損をする構図にはなりませんので問題無いかと思います。1段階ではなく、2段階以上にすることによって、ソーシャルグラフを通じた拡散し、その人が関係する社会でのカバー率を上げるのが目的と思われます1。いわゆるインフラサービスの鶏卵問題を解決するための方策です。

3. 貨幣供給弾力性は限りなく高く設定されます。

これは、「金」の希少性をモデルにしたビットコインとは真逆のアプローチです。有用な貨幣は、供給弾力性が無限に近くなければなりません。この点でビットコインやそれをモデルとする各種「仮想通貨」は失格で、だからこそ「暗号資産」と呼ぶのがふさわしいと昨今は言われるわけですが、「Q」はこの問題をクリアしています。

4. どのように供給弾力性を確保するのか?

供給は、供給弾力性を維持することがKPIになる別組織によって制御されます。つまり、中央銀行相当のものがあるので、この点もビットコインなどとは真逆のアプローチです。
このアプローチでは、供給量を増やすのは容易ですが、貨幣の吸収をどうするのか(これも高くないと弾力性は維持できません)という問題が残ります。文書にはあまり書かれていませんが、「Q」の価格が高くなるときはドルと交換して「Q」を放出し、「Q」の価格が安くなったら、ドルと交換して「Q」を吸収するという形になるのではないかと思われます。高く売って安く買うのだから辻褄があうはずというわけです。もしこのアプローチをとるのであれば、理論上は弾力性を維持できることになります。

別の言い方をすれば、わたしが常々主張している「アセット・バックド」な電子貨幣といえます。

ここで問題になるのは、初期メンバーへのインセンティブとして支払った分のQと、コールオプションとして販売されたQの行使分からの損失が、背景となるアセットを毀損しないかという問題です。逆に言えば、

(高値で売ったQの総価値)ー(安値で買ったQの総価値)
>(リリースされたリワード分Q)+(オプション行使からの差額損失分Q)

になるように、リリースとオプション行使をコントロールしていくことが肝になると思われます2

5. 消費者保護と紛争

「仮想通貨」の支払いの一つの問題として、「不正または過誤による支払い」からの消費者の保護があげられます。これは、通常の銀行振込では組戻しなどとして実現されていますが、ビットコインなどの「仮想通貨」にはありません。(「仮想通貨」でも実現できますが実装されていません。これについては、今年のFin/Sumのパネル「技術コミュニティはブロックチェーンをどう見るか?」で仮想通貨での 実現方法について討議しました。)「Q」は予めそれを想定しています。

6. 金融のことを良くわかっている

「暗号通貨」ファンの方はよく「銀行の国際送金は銀行が儲けているので高い」と言われますが、これは事実ではありません。国際送金自体のネットワークコストは10セント程度と言われています。20ドルとか30ドルとかかかる手数料の大部分は、AML(資金洗浄対策)に費やされています。もう一つの大きなコスト要因は詐欺などの不正対策コストです。Initiative Qは、元PayPal の方がはじめただけに、このことはよく認識されておられます。全く新規に決済ネットワークを作り直すことによって、ここのコストを徹底的に抑えることによって、送金コストをネットワークコストに近づけていこうという試みのように見えます。実際、Initiative Qの創業者は、PayPalにこれらの不正検知技術を売却した人のようで、ここがInitiative Qのコアコンピタンスのようです。

7. 当初の使い方はどうなるのか?

よくわかりません。ただ、ソーシャルなカバー率をあげようとしているので、当初はPayPalがそうであったように、友人間の建て替え金の支払いなどからスタートするのかもしれません。その場合、90セントで1Q(≒1ドル)送金できる、のように、リワード分を割引に充当することになるでしょう。このようにして実際に使っている人がある程度以上の比率にならないと、マーチャントの開拓は難しいとおもうので‥。

8. この試みは成功するのでしょうか?

確率は高くは無いと思っています。まず広がるかどうかという問題がやはり立ちはだかります。「仮想通貨」のように射幸心を煽るものではないので、爆発的には広がらないと思います。また、トラストチェーンを作るという形が、あたかも「ネズミ講」に見えるというのもマイナスでしょう。だからこそ運営者自身も「社会実験」と言っているのでしょう3。それでも、このような試みは面白いので応援したいと思っています。

それでは、よい秋の夕べを。


追記(2018-11-05):貨幣モデル、よく出来てるなーと思ったら、Laurence H. White ジョージ・メーソン大学教授が書いていたんですね。教授は貨幣論学者で、この方面に多数の著作があります。

僕が時々話す「レンガ本位制」は、大学時代の授業(多分1987年)で山崎昭教授が紹介してくれたワーキングペーパーが元なんだけど、その著者が「Black & White」で、これ、検索にひっかからないんですよ。Black & White Bricks とかで検索しても引っかかりようがない。

で、Laurence H. White で検索したら、そのものズバリではないけど、たとえばフリーで読めるものしてもこんなのが出てきます。

Laurence H. White『As good as gold?』 4

これは、金本位制がいうほどクレージーなアイディアではないこと、金の採掘量が需要に応じて増やせるのならば(←これ、大きな仮定)、金を元にする貨幣システムはFiatよりも優れている可能性が高いことを、歴史から検証しています。

ここで「需要に応じて増やせるのならば」という仮定が大きなものであるとしましたが、彼自身はそうでもないと思っているようにも読めます。ただ、山崎先生が紹介してくださったワーキング・ペーパーでは、「レンガの方がより柔軟に増やせる」ということで、Commodity Backed Money の行き着く先は「レンガ(=労働力さえあれば誰でも生産できる商品)本位制」とされていたのだと思います。

もっとも、彼の主張は商品本位制にあるのではなく、「部分準備による自由銀行制度」のようで、これはハイエク(F. A. Hayek)の競争的非商品民間貨幣(competing non-commodity private monies)を元にしている考えのようです。Initiative Qのシステムはこれを想定しているとのことです5

わたしの記事本文は、このことを発見する前に書いたものなので、再吟味すると修正すべき箇所がいくつかあると思いますが、すでにたくさんシェアされているのでそのままにしておきます。

 

脚注

  1. (11/6追記)言わずもがなだが、もう一つの目的は「1.トラスト・チェーンの生成」で書いたこと。
  2. (11/6追記)この当たり違うかもしれない。White教授は部分準備自由銀行制度を標榜しているようで、論文読まないとわからない。
  3. (11/6追記)本日、White教授自身「remains to be seen」と言っているのを発見
  4. Laurence H. White: As good as gold? (2008) CATO Institute, <https://www.cato.org/policy-report/marchapril-2008/good-gold>
  5. Laurence H. White: Bitcoin after 10 Years (2018) Cato Institute <https://www.cato.org/blog/bitcoin-after-10-years>

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