グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst: 1874 – 1934) は、19世紀末から20世紀最初の三分の一に活躍した英国の作曲家です。いちばん有名な作品は何と言っても管弦楽用の組曲「惑星」(1913年作曲)でしょう。この内第4曲「ジュピター」は平原綾香さんの歌でヒットしましたから、ポピュラー音楽しか聴かない方でも耳にしたことがあると思います。それに、確か小学校の音楽の授業でやる曲にも入っていましたよね。わたしも小学校の音楽の授業で聞かされたのが最初だと思います。そして、その時に感じた偏見を、なんと50歳を過ぎる今日まで引きずっていました。
その偏見とは〜「映画音楽みたいで安っぽい」です。ただ、それが又「惑星」のヒットに繋がったのでしょうから、複雑です。
この偏見を取り去ってくれたのは、Facebookで流れてきたある記事でした。「クラシック初心者は、有名オーケストラなら良い演奏と思うかもしれないが必ずしもそんなことはない。コリン・デイヴィス指揮ベルリン・フィルハーモニーの演奏がひどい。オケの指揮者へのリスペクトが感じられず、バラバラだ。」という旨の発言だったのですが、それに対して、作曲家の方から「いや、むしろ楽譜通りの正統的な演奏だ」という旨のコメントがついていたのを読んだからです。聴いてみたくなるじゃないですか、そんなのを見たら。で、聴きました。
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これが、いいんです!「いやいや、そーだろ。」と膝をたたきたくなるような感じ。弦を強調した「普通」の演奏とは打って変わってパーカッションが表に出る演奏で、映画音楽じゃなくてむしろストラヴィンスキーとかシェーンベルクみたいな、当時としては大変なアヴァンギャルドだっただろうという感じの演奏。調べてみると、この曲は、シェーンベルクの「5つの管弦楽曲」のQueen’s Hallでの初演に大変感銘をうけてスコアを入手して研究して書いた曲らしいのです。で、元のタイトルは「7つの管弦楽曲」。あまりにもベタに影響されています。
シェーンベルクの「5つの管弦楽曲」は1909年に作曲され、1912年9月3日に、ヘンリー・ウッドとクイーンズホール管弦楽団により初演された曲で、特に第3曲「色彩」は、音響作曲法の最初の例の一つとして歴史的に重要とされています。もちろん、当時としてはアヴァンギャルドな曲です。
https://youtu.be/_JlwYTbsd78
「惑星」もこれに触発された曲ですから、やっぱりアヴァンギャルドなんですね。アヴァンギャルドなものですから、なかなか全曲演奏してもらえなかった曲でもあります。公開初演した Sir Adrian Boultによれば「響きが新しすぎて、聴衆が耐えられるのは30分が限界」とのことで、7曲のうち4曲とか5曲とかが選ばれて演奏されていたのです。やっと全曲演奏がされたのは、1918年9月になってからでした。コリン・デイヴィス指揮の録音を聴くことで、この新しさ〜シェーンベルクやストラヴィンスキーの影響〜がわかると思います。そして、この組曲の最終曲「海王星、神秘主義者」では、現代ではしばしば使われるようになった音響的な新機軸を打ち出しています。そう、「フェードアウト」です。ここで、女性合唱は次の間で、最終小節までドアを開け放して歌い、最終小節では女声合唱のみとなり、フレーズを繰り返しながら徐々に小さくしながらドアも徐々に静かに閉めていき、最後は遠くに聞こえなくなるまでつづけることになっています。当時の聴衆には衝撃的な印章を与えたようで、ホルストの娘で作曲家の Imogen は、初演を聴いた後に、その終わり方は「忘れられない。隠れた女声合唱が徐々に幽く遠くなっていく…最後は音と静寂の区別がつかなくなるまで。」と述べています。
作曲家ホルストには、いわゆる前衛作曲家としての側面以外に、民族音楽主義者、民族音楽蒐集家としての側面もあります。同僚のヴォーン・ウィリアムズほどではないのですが。その点では、バルトークやコダーイなどに近いキャラクターでもあると言えましょう。そういえば、「惑星」の中にも、彼が旅行したアルジェやスペイン、はたまた英国の民謡の影響がみてとれるような気がします。そして、そういうところが、コリン・デイヴィス指揮のベルリン・フィルなどには良く表れている気がするのです。機会があれば、ぜひ聴いてみてください。
なお、「7つの管弦楽曲」というタイトルの通り、本曲は7つの曲からなります。
ここで、「火星」とか「木星」とか言っていますが、これは初演にあたってのマーケティングとして付けられたもので、オリジナル・スコアには「戦争をもたらす者」などしか記載されていなかったといのは、ちょっとしたうんちくでもあります。