ドビッシー – Syrinxの謎

1913年に書かれたSyrinx(シランクス)は、全てのフルート奏者のかけがいのないレパートリーであるといえるでしょう。フルート独奏のための知られた曲というのは、これ以前は1763年のC.P.E.バッハのイ短調ソナタまで遡らなければならないほど当時は珍しいものでした。そのような状況のもとで書かれたこの曲は、様々な感情を単旋律で豊かに表現し、その後のフルート音楽の可能性を大きく切り開いた転換点となりました。

SyrinxはGabriel Moureyの戯曲「Psyché」の劇中音楽として書かれました。劇の間、ステージの外で演奏されることを想定され、元々は「パンの笛」と題されて云々という話は、Wikipediaの記事を参照していただきましょう1

さて、今日のトピックは、この曲にまつわる謎です。いくつかの謎が提示されています。

  1. 当初は小節線無しで書かれていたのを、マルセル・モイーズ2が書き足して、これが現在に伝わっているという説がある。
  2. 献呈をうけたルイ・フルーリ3が校訂したJOBERT版の楽譜では最後から二小節目のロ音にアクセントが書いてある(譜例1)が、これは本来ディミュニエンドであったことが、自筆の楽譜(譜例2)が発見されて分かった。

まず一つ目の謎ですが、これはマルセル・モイーズが語ったことが出所となっているようです。1991年に書かれた記事4によると、この曲はある午後のパーティーでモイーズの見ている前で、小さな彫刻のそばにあったピアノにドビッシーがつかつかと行って 書いたもので、その晩モイーズによって初演されたというのです。その楽譜には小節線もフレーズも何もなく、それらはあとからモイーズが書き足したとのこと。ところがその楽譜は、ドビッシーが周りの人に賞賛されている間に「楽譜を自分のものにしてしまうので有名なあるフルート奏者」のポケットの中に消えてしまって、そのフルート奏者が亡くなって未亡人が楽譜の処分のためにモイーズのところに持ち込むまで行方不明になっていたものだとのことです。

この説は批判が多く、ジャン・ピエール・ランパルは、これのことをモイーズの思い違いとして、冒頭で述べた戯曲の劇中音楽としてかかれ、Louis Fleuryに献呈され、初演されたと5の翌月に語っているようです。これが、フランスでの通説で、現在でもこちらが支持されているようです。そうすると、「小節線がなかった」というのは都市伝説ということになるようです。しかしながら、私は後述の理由によって、あながちこのストーリーは嘘では無いかもしれないと思っています。

2つ目の謎ですが、献呈をうけたルイ・フルーリが校訂したJOBERT版(1927)以来、世に出回っている多くの楽譜が実際アクセントになっています(譜例1)。

(譜例1)シランクスの最後の部分。終わりから2小節目の「ロ音」にアクセントがついている。

Debussy - Syrinx

(出所)Editions JOBERT 6

実際、以後出版された多くの版7がこれを踏襲しており、その結果、多くの演奏でこの音にアクセントをおいています。ジャン・ピエール・ランパルで聞いてみましょう。

ところが、1993年に発行された自筆の楽譜とされるもの(譜例2)では、これが明らかにディミュニエンドになっています。

(譜例2)自筆とされる楽譜のファクシミリ

(譜例2a)最後の部分の拡大

Debussy - Syrinx Handwritten

この「ロ音」のアクセントは、うとうととして意識が霞んでいくというテキストに合わず、謎の部分だったわけですが、これがディミュニエンドならば、まさにピッタリ来る感じです。この日曜に指摘され、譜例2を見て思わず「なるほど〜」と感心至極となりました。

音で聞くとこんな感じですね。

エマニュエル・パユ、上手いですねぇ。やっぱ、こうじゃなくちゃ!と思いきや…ことはそう単純ではないようです。譜例2(および譜例2a)には右ページの右下にドビッシーのサインらしきものが有ります。これが曲者なのです。ドビッシーの書簡などを見たことのある方なら、「あれ?」と思われるかもしれません。ドビッシーの自筆の署名はこんな感じです。

Debussy Autograph

(図1)ドビッシーの署名8

はい。全然違いますね。実際筆跡分析をすると、この楽譜はドビッシーの手になるものでも、献呈されたフルーリーのものでも無いようです9

さて困りました。せっかく決め手になったと思われる「自筆手書き譜」が、偽物の可能性が出てきてしまったわけですから。

こうして、自筆譜が失われてしまったこの曲の真相は永遠に闇の中になってしまったわけですが、一筋の光明があるとすれば、それは、同時代人であるモイーズの演奏が残っていることでしょう。

この演奏だと、アクセントではなくディミュニエンドになっていますね…。しかし、こうなって来ると、なぜフルーリーがアクセントとして校閲したのかが問題になります。年をとって目が見えなかったとかあるのでしょうか?出版は1927年ですから、フルーリーは…あれ、もう亡くなってますね…。亡くなられたのが1926年ですから。ということは、モイーズが揶揄していたフルート奏者とはフルーリーのことだったのでしょうか?そもそも、モイーズの説明はとても具体的ですよね。ある午後のパーティーで小彫刻の横にあったピアノで作曲したとか…。はたしてわざわざそんなディテールまで、モイーズほどの人が嘘をつく必要があるか?謎は深まります。さらに、もしもあの「自筆譜」の「Claude Debussy」との「署名」は、単に誰作かをモイーズが書き留めたものだったら?モイーズの筆跡をぜひ見たくなってきますね10。秋の夜長にますます謎は深まっていきます11

まぁ、ほんとうのところは分かりませんが、私としてはより曲想にあっているディミュニエンド説を採りたいと思います。

脚注

  1. シランクス http://ja.wikipedia.org/wiki/シランクス
  2. Marcel Moyse (1889年5月17日 – 1984年11月1日) 非常に高名なフルート奏者。現代フルート奏法の父といわれる。 http://ja.wikipedia.org/wiki/マルセル・モイーズ
  3. Louis Fleury (1878年 – 1926年)フランスのフルート奏者。
  4. Marcel Moyse recalled, “Debussy was asked to compose some music inspired by a statuette of a shepherd playing his pipe. On the afternoon of the party, Debussy strolled over to the piano adjacent to the statuette and rapidly wrote his little Syrinx. He handed me the manuscript to perform that evening. The composition lacked even a bar line or phrase marking; all markings on the manuscript were mine. The little work was almost lost to flutists when Debussy showed the manuscript to another flutist who was singularly adept in appropriating manuscript copies of flute works from the library. The manuscript conveniently found itself in the flutist’s coat pocket while Debussy was engaged in conversation with admirers. After the thieving flutist died, his widow, in need of money, called me to her assistance in disposing of the deceased’s collection of flute music. In the collection was, of course, the original and only copy of Syrinx.” Performance Guide: Interpreting Syrinx by Roy E. Ernst and Douglass M. Green. Flute Talk February 1991
  5. Flute Talk March 1991
  6. Debussy, C.: Syrinx, Editions JOBERT (1927, Renewed 1954)
  7. 『ドビッシーと「シランクス」と自筆稿』は参考になります。http://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/talk/pahud/syrinx.htm
  8. Fraser’s Autographs: Claude Debussy  ちなみに、2014/10/5段階で、£2250の値段がついています。
  9. http://www.flutetunes.com/tunes.php?id=163 もっとも、素人目には楽譜部分の筆跡はそれっぽいので、名前だけを後から誰かが書き入れたのかもしれない。ひょっとして、マルセル・モイーズが?
  10. 1972年、80歳過ぎの時の筆跡は http://www3.tokai.or.jp/satou/flute/ にある。ドビッシーと違って、順方向に斜めっている筆跡で、その限りにおいては、(譜例2a)に合致する。
  11. もう一つ謎が有ります。Jane F. Fulcherの「Debussy and His World」P.138によると、フルーリーが生前出版した本に含まれる「シランクス」の断片は、われわれが今日知っている「シランクス」とは大幅に異なるらしいのです。ひょっとすると、フルーリーに献呈された劇中音楽「シランクス」と、現在われわれが「シランクス」として知っている曲「Psyché」は、別の曲なのかもしれません。

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