前衛短歌の旗手、歌人の塚本邦雄さん死去

現代短歌の旗手、歌人の塚本邦雄氏が亡くなった。ひとつの時代が終わった感がする。今、手元には「色研究」と「日本人靈歌」しか無い。「水銀傳説」の初版本などもあったはずだが、おそらく父の蔵書をつめたダンボールのどこかにまぎれてしまって出てこない。

凝った装丁の「綠色研究」を開くと、中から一枚の黄色い紙が出てきた。塚本氏が父に宛てた手紙で、25 Oct. \’65 と日付を書き、その下に落款が押してある。

綠色研究・篇より、最終歌

たましひの夏いくたびか影斷れてプールの底までの鐵梯子

2005年06月10日11時06分

前衛短歌の旗手として戦後の短歌界に大きな影響を与えた歌人で、元近畿大学教授の塚本邦雄(つかもと・くにお)さんが9日、呼吸不全で死去した。84歳だった。通夜は12日午後6時、葬儀は13日午前11時30分、大阪府東大阪市荒本西1の18の2の東大阪玉泉院で。

(asahi.com)

「前衛短歌の旗手、歌人の塚本邦雄さん死去」への0件のフィードバック

  1. 塚本邦雄氏を悼む
    14日の日経に塚本邦雄氏を悼むという岡井隆の文章が載った。
    「写実」と「反写実」とついて考えさせる文章だった。
    ひとつの歌をあげて言っていた。
    海底に夜ごとしづかに
    溶けゐつつあらむ。航
    空母艦も火夫も
    『水葬物語』
    (火夫とはボイラーマンのこと)
    この…

  2. この度はトラックバックありがとうございます。塚本先生はそれほど重病とは知りませんでしたので、ご逝去と聞き本当に驚きました。
    緑色研究は手に入りませんでしたので、図書館で読みました。凝ったデザインが印象に残っています。

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