パーソナルデータは新しい時代の石油か?

宍戸・稲谷・若目田、三先生によるコメントが日経に出ていました。

デジタル時代の法とは(複眼)デジタル技術の急速な発展が変えるのは、人々の生活や企業活動だけではない。各種の規制や法律のあり方、さらには刑事司法の仕組みまで見直さないと、コロナ危機対応を含めて、日本は世界的なイノベーション競争にnikkei.com

目的ベースに法を変化させるべきとのことなら大賛成です。

それはそれとして、記事中の若目田氏の発言にある『ビッグデータは「21世紀の石油」といわれる価値ある資源』という表現が気になって連続ツイートし、いまこのブログをまとめています。

この表現が日本で取り沙汰されるようになったのはダボス会議の主催者WEFの2011年1月のレポート、『パーソナル・データ:あらたな資産カテゴリの出現(Personal Data: The Emergence of a New Asset Class) 』あたりが始まりと思います。このレポートはいろいろな誤解を生んでいるレポートで、作成にあたってAcknowledgeされている33人の一人として責任を感じています。

このレポートの冒頭に 「パーソナルデータはインターネットの新たなOILであり、デジタル世界のあらたな通貨である。(Personal data is the new oil of the Internet and thenew currency of the digital world.)」 という、当時のEUのConsumer ComiisionerであったMeglena Kuneva氏の2009年3月の発言がフィーチャーされていて、それに引き続き「それは、社会のあらゆる側面に影響を及ぼす新たな資産クラスとして出現するだろう。(It will emerge as a new asset class touching all aspects of society.)」とされています。

この置き方は大変キャッチーであり、人々をこのレポートに惹きつけるのに大きな力を発揮したと思います。しかし同時に、レポートをちゃんと読まない人には大きな誤解も生んだのではないかと思います。特に日本語においては。

というのは、冒頭の発言が、若目田氏が引用されているように「21世紀の石油」というように翻訳・翻案されてしまったからです。わたしはこれは、「21世紀の原油」と翻訳すべきであったと思っています。

なんとなれば、原油というのは、精製しなければ始末に負えない毒物・環境汚染物質で、扱いを間違えば爆発炎上、漏らせば生態系を破壊、ただし、きちんと精製して注意深く使えば大変な価値を生むものというニュアンスが伝わるのに、石油だと伝わらなくなってしまうからです。

このレポートが書かれていた2010年は、ちょうどメキシコ湾原油流出事故が起きていたときで、これにかこつけて、わたしたちはパーソナルデータについてそう説明していたのです。これをWEFのインタビューではなしたら、上記のKuneva氏の発言を編集者が引っ張ってきて配置した感じで、実はわたしはこのとき彼女のこの発言のことを知りませんでした。

メキシコ湾原油流出事故(2010/4)の消火最中の写真。(Source) Wikimedia. Public Domain.

また、「資産」という表現も問題です。物権をイメージさせるからです。

実はこのレポートにはここ以外にはパーソナルデータを「資産 (asset)」という単語に結びつけている箇所は2箇所しかありません。そのうち1箇所は質問としてで、回答では価値 (value) という単語しか使っていません。というのは、わたしたちはこのレポートが作られる過程で、物権的ニュアンスをデータに対して読者が持つことを大変警戒して指摘していて、ドラフト段階で変更してもらっていたからです。もう一箇所は、指摘漏れですねぇ。わかっている人の間で比喩的に揶揄的に使うのは問題ないのですけどね。たとえば、「あなたはFBの顧客ではなく、商品だ。」と言ったりするのは、皮肉を込めて物権的に表現しているわけで。でも、一般読者は多分額面通りに物権的にとってしまう。

というわけで、残念なところはあるのですが、全体を通して読んで貰えば、かなり良い、味わい深いレポートにはなっていると思うので、キャッチーなところだけ読んで理解した気になるのではなく、全体を読んでほしいと思うのです。各所に良いヒントが入っています。

たとえば、パーソナルデータの種類としてP.7には

  • 自発的に提供されたデータ
  • 観測されたデータ
  • 推計されたデータ

があると書かれていたり、User Centric であったり、Personal Data Ecosystem や Trust Framework にガッツリページ数を割いていたりします。1 こういうあたりは、結構時間を割いて、たしかIIW #10 (2010年5月)のサイド・ミーティングとかでScott Davidなどといっしょに、このプロジェクトの取りまとめをしていたJustin Rico Oyolaに説明した覚えがあります。2

ちなみに、このWEFのレポートを日本で一番最初の方に紹介したのがわたしのこのブログ記事 https://sakimura.org/2011/02/1036/ です。さきほど見返していて、その中で、なんかえらくうまいこと言っているのに気がつきました。

これ、もとは、Scott David あたりかなぁ。3曰く、

電線に、電子を通すと電力産業になり、電子の波を通すと電話に、パケットを通すとインターネットになった。次は、「個人が産み出す情報(Personal Data)」を構造化したものを流すようになり新たな産業が生まれる。 これが Personal Data Ecosystemで、その根幹をなすのが信頼フレームワークである。

(Source) https://sakimura.org/2011/02/1036/

なお、この当時(2010 – 2011)のインタビューとか見返すと、関係者は、GoogleやFacebookがパーソナルデータを使って広告で収益を挙げているのの何割かはパーソナルデータを制御、個人の手に力を戻す方に振り向けられるようになると語られていたのですが、残念ながら全く実現していません。実に遺憾です。

それでも、少しづつでも進んでいくしか無いんですよね。おりしも #新型コロナ 問題で、国内個人情報保護法2000個問題の解決にすこし動き出してきたきらいがあります。この機を逃さず、進めていかなければ。

脚注

  1. 日本で言う情報銀行なんかも、Perosnal Data Ecosystem を形成しようとしている Trust Framework の一種なんですよ。
  2. まぁ、わたしが説明しなくても、John KlippingerやScott David がSteering Boardに入ってたから当然こうなったとは思いますが。
  3. まぁひょっとすると、わたし自身かもしれませんが。時々無意識にうまいこと言うみたいなんで。7年くらい前に、OpenID Foundation の事務局長 (Executive Director) のDon Thibeau が、英国の内閣府でのミーティングで「パーソナルデータは毒性資産 (toxic asset)だ」と演説していて、「ずいぶんうまいこと言うね。」と褒めたら、「何いってんだ。あなたの言葉じゃないか。」と言われたことありますし…。

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