印鑑業界「代理決済」のメリットを強調。デジタル法案骨抜きに?

TV東京モーサテ「“デジタル法案”骨抜きに? 印鑑業界が反発」によると、3月7日に自民党が部会で了承した、行政手続きの100%オンライン化を目指す「デジタル手続法案」からは、当初案に入っていた法人を設立する際に必要な印鑑の届け出の義務化をなくす案が、印鑑業界の反発などを受けて見送られましたとのことです 。ただ夏の参議院選挙後の臨時国会には、再び押印の簡略化に向けた議論が行われるとみられるとのことです。

印刷業界から提出された要望書がこれです。

『デジタル・ガバメント実行計画』に対する要望書」

これによると、

当該の計画書には、行政手続きをオンライン化する上で大きく以下の3点につきまして印鑑不要となる施策を考えておられるようですが、現在、日本国民が使用している印章を、製造、販売する業界団体としてこれを看過することは出来ません。
① 行政手続きにおける本人確認での押印の見直し。[計画書4.2 システム基盤の整備(2)本人確認等の手法の見直し]
② 法人設立における印鑑届出の義務の廃止。[計画書3.3個別サービス改革(7)法人設立手続きのオンライン・ワンストップ化]
③ 民間同士で社会慣習上おこなわれている押印と書面による取引について、政府が書面によらないデジタル取引を促す。[計画書3.2横断的サービス改革(2) エ・民民手続きにおけるオンライン化の推進]

(出所)全日本印章業協会他『デジタル・ガバメント実行計画』に対する要望書」(2019-02-02)

だそうで、このうちの②が通って削除されたということですね1

これに関してちょっと思うことがあります。目的と手段の関係です。

印鑑届出というのは、そのエンティティ(実体。この場合は法人)の認証を行うための認証機(Authenticater/Credential)の登録であると思うのです。目的がエンティティ認証ですから、手段は一般的に利用可能で、一定以上のセキュリティレベルが担保されれば何でも良いはずですね。また、セキュリティレベルは年々変わりますから、手段が完全に危胎化2する前に、次の手段に移行するべきものでもあります。

で、わたしは法律の素人なのであれなんですが、かつて法律の専門家の方に伺ったところ、実は「印章(はんこ)」は法律的に定義されていないらしいんですね。これは素晴らしいことですね。つまり、「押印」がいかなる手段の行使であるべきかは定義しておらず、単に「署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」(民事訴訟法第228条4)ということが法律に規定されているだけなわけです。

これは素晴らしいことです。目的だけを述べて手段を述べていないからです。法律はすべからずそうあるべきです。ここでの目的は「真正に成立したものと推定」できるようにすることであり、押印という行為で求められているのは、その行使者のみが実施できると推定される行為であって、それを凹凸固形物で顔料を紙等の物理媒体に付着させるという行為には限定していないのです3

一方、法人の代表者の意思を確認するという意味では、その代表者のみが実施可能であるエンティティ認証手段を登録するというのは有用というより必須のことであろうかと思います。そこで提案です。

暗号の安全性を検証し、CRYPTRECが 採用すべき「電子政府推奨暗号リスト」を出しているのと同様に、「押印方式安全性検証委員会」を組織して科学的に安全性と互換性を検証し、そこで「認定押印方式リスト」を作成し公表、そのリスト内にある手段からいずれかを選択、法人は印鑑として届出するということにするのはどうでしょうか?

ご存知の通り、一般に流布しているハンコといわれる三次元凹凸固形物は、現代の技術をもってすれば、その印影から寸分たがわぬものを作れるようになってしまっておりますので、行使者のみが実施できると推定するのは無理があります。つまり完全に「危胎化」してしまっております4。しかし、ひょっとして何らかの技術革新で、認証性能が上がるかもしれません。その場合、それを排除する必要もないわけです。印章協会の会員の皆さんには、ぜひとも切磋琢磨して技術開発をしていただきたいものです。

もちろん、現在の技術水準で一番妥当なものは、公開鍵暗号による署名であろうと思います。したがって、「印鑑」5としては、公開鍵を登録するのが一番妥当だと思います。6しかし、それに限る理由もあまりなくて、新規開発された新高性能印章7があっても良いとは思います。ですので、夏の参議院選挙後の臨時国会で行われるであろう押印の簡略化に向けた議論では、ぜひとも「押印方式安全性検証委員会」によって作られた「認定押印方式リスト」に入っている方式から選択して、印鑑登録するような方向でぜひともご調整いただきたいものです。

なお、上記の 『デジタル・ガバメント実行計画』に対する要望書」 はかなりのおもしろ文書です。全編ツッコミどころばかりなのですが、分けても

欧米のサイン制度と違い、代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決裁に繋がり、戦後の日本の急速な発展にも寄与してきたという自負もあります。

(出所)全日本印章業協会他『デジタル・ガバメント実行計画』に対する要望書」(2019-02-02)

というところは、こういう公式な文書で「決裁」を「決済」と書き違えて気づかないという以前に、「それ、自殺行為やろ」という文言であります。なぜそうかは、サインのリ・デザインさんの記事8を参照していただくとして、要はこういうことだよなというニュースがタイムリーに入ってきたので一つ。

無断で上司の印鑑100回超押す 区役所職員を懲戒免職 神戸 (神戸新聞NEXT 2019/3/8 20:38)

お後がよろしいようで。

脚注

  1. これはあっさり削除されるのに、ダウンロード違法化は削除されないのには非常に腑が落ちませんが。
  2. 前は安全だったが、技術の進歩などによって危険になって使い物にならなくなること。
  3. なお、本件を調査された方によると「実は手続き系の法律には、印は結構でてきます。H29.9に法令検索すると印章(32)、印鑑(133)、印影(34)、押印(590)、押捺(14)が混在。(捺印(0))但し何を押せとは書いていません。」とのことです。
  4. 以前は複製技術が未熟だったので、ある程度の安全性は確保されていたのですが、技術革新によって危険になってしまったので、まさに危胎化です
  5. 紙や書類に押印した際に残る名前や絵。印影。
  6. いわゆる認証局が発行する証明書である必要は無いですね。単に、自分で生成した公開鍵でも良いです。印鑑登録行為自体がレジストレーションになっており、このレジストリを使って検証できるのですから。
  7. たとえば、高性能の時計を内蔵している、超高解像度の印影を動的に作りうるハンコで、印影は入力した文書番号と時計から取り出した時間を連結した文字列に対して、公開鍵暗号を用いた署名を作成し、その署名をQRコード化したものを、同明度のグレーと朱で、朱の部分が名前の字になるような印章。
  8. サインのリ・デザイン『「代理決済できるという印章の特長」は法的に認められているか』(2019-03-09) https://www.cloudsign.jp/media/20190309-syomeidairi/

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