情報処理試験を受けに来ている

今日はこんなに良い天気なのに、実にもったいないことに情報処理試験を受けに来ている。しかも、受からないのがほぼ確定なのにである。業務が忙しすぎて勉強する時間など全く無い(というのは言い訳で、寄る年波で勉強する根気も能力も既に失われている:-D 最後に試験を受けたのって、10年前だぞ…。)だったらなぜ受けるのか?会社が受けろ受けろとうるさいからである。

実はこの年になるまで、執拗に情報処理試験を受けることを拒んできた。なぜならば、私はSEではないからだ。私はエコノミストなんである。会社に入って社費留学するまではといえば、「第一次湾岸戦争の東京株式市場に与える影響」なんてことをやっていたのである。で、留学も経済である。

こういう分析をやろうと思うと、結構計算機を使う。上記の研究なんかだって、産業連関表を使ってやったので線形だが、非線形分析になることも結構あって、そうするとますますデータベースと統計ソフトを有機的に連携させて計算することが必要になった。で、必要に迫られて、TCP/IPでそれらを接続したネットワークを作った。Sun SS2 30台+450とかそんなマシンの上にSybase を乗せて、クライアントでは S plus を動かし(もっと計算をやる場合には、C か Fortran) 、生成される EPS などは LaTeX に取り込んでレポートにするというシステムだ。会社はシステム側が8割を占めていたが、私は2割側で、そちら側にはシステム側の協力はほとんど得られず、自力でやらざるを得なかった。研究員同士のコミュニケーションはもっぱらSMTP/NNTP/Talk で行う。30台の端末どこから入っても同じ環境が即座に生成される。そういうシステムである。90年のことである。ホスト名にはukihashiとか、源氏物語の章立てを使った。ただし、4台だけ例外があった。それは湾岸戦争分析用のマシンで、「サダム」「ブッシュ」「ゴルビー」「カイフ」であった。(皮肉にも、実世界で最後に残ったのはサダムだった。)

これは、今で言う、イントラネットである。で、94年にインターネット・イントラネットが爆発すると、そちら側の業務にシフトしてしまったのだった。

しかし、繰り返すが私はSEではない。私が尊敬するようなプロのSEは私とはレベルが違う。彼らはいきなりマシン語で話し出しかねない人々である。(私の仲間は日常会話はせいぜい Perl で話すのが限界である。)そもそも、本当にアカデミックな教育を受けた人と素人では戦っても始まらないのだ。これは、他の分野にも当てはまる。素直に認めるべきだ。私はSEではないというアイデンティティを守るために、情報処理試験は受けないことにしていたのだ。

しかし、寄る年波である。抵抗するのに使う体力がなくなってきた。で、受けることにしたのだが、勉強する時間も無いから受かるはずも無いですよね、これは。

それにしたって、何だってこんなに時間が長いのだろう?午前が終わった段階だが、試験時間90分のうち、40分もしないで終わっちゃったんですが…。知ってるか知らないかがほとんどなので、1問1分かからないんですね。30分経過したら退出させてくれても良いのにな。ついでに、午後分も続けてやらせてもらえたら、午前中だけで終わって、午後は遊びに行けるのにな…。って、不真面目な受験者だけですかね、こんなこと考えるの。

そうこうしていたら、会社の人に会ってしまった。彼は私よりひとつ二つ年上だ。彼もまた「この年になって…」とぼやいていた。もっとやることがあるだろう、と。

午後の試験、最短時間で出てくると、彼もまた同じタイミングで出てきていた。午後IIの試験は2問中一問選択だったのだが、解答用紙を見る限り、問2の方が書くところが少ない。それで私は問2を選んだ。彼も全く同じ理由で問2を選んだという。:-D

帰りに立川のビックカメラに寄って、素材集他を買った。立川はすごい混みようだった。いったい何があったのだろう…。

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