9月30日をもって、4年間努めたNHKの中央番組審議会の委員を任期満了で退任しました。(実質的には9月14日の第739回中央放送番組審議会が最後ですが)。
この4年間、委員の皆様、NHKの皆様、そして事務局の皆様には大変お世話になりました。
中央放送番組審議会とは
「中央放送番組審議会」といっても、NHKの外ではあまり知られていないかもしれません。
放送番組審議会は、放送番組の適正を図るため、放送法によって放送事業者に設置が求められている審議機関です。NHKについては、放送法第82条で、国内放送を扱う「中央放送番組審議会」と「地方放送番組審議会」、国際放送を扱う「国際放送番組審議会」を置くことが定められています。中央放送番組審議会は15人以上の委員で構成され、委員は学識経験を有する者から、NHK経営委員会の同意を得て会長が委嘱します。
役割は、NHKからの諮問に応じて番組基準や国内放送番組の編集に関する基本計画などを審議するほか、放送番組についてNHKに意見を述べることです。法律上、NHKは審議会からの答申や意見を尊重して必要な措置を講じることとされています。個々の番組を事前に承認したり制作を指揮したりする機関ではなく、外部のさまざまな立場から番組や放送のあり方について意見を述べ、それを番組づくりに反映してもらうための仕組み、と考えると分かりやすいと思います。NHKの会長も毎回出席される会議です。
私がこの審議会に参加したのは2022年10月でした。
普段の私は、デジタルアイデンティティ、プライバシー、インターネット上のトラストといった分野で仕事をしています。その延長で、偽・誤情報やフィルターバブルの問題を総務省のプラットフォームに関する研究会で審議したり、インターネット時代における公共メディアの役割についても考えてきました。
そうした立場からNHKの番組や事業について意見を述べる機会をいただいたわけですが、この4年間は、結果的に放送をめぐる環境そのものが大きく変わる時期とも重なりました。
一つは、生成AIの急速な発展です。
ChatGPTが登場したのは、私が委員になって間もない2022年11月でした。その後わずか数年で、人々が情報を探し、理解し、利用する方法は大きく変わり始めています。
もう一つは、2025年10月に始まったNHKのインターネットサービスの必須業務化です。
「放送された番組をインターネットでも見る」というだけではなく、そもそも人々が情報に出会う場所が、放送受信機から検索エンジン、SNS、そしてAIへと広がっている。その変化の中で、公共メディアはどのような役割を果たすのか。
この問題について、審議会でも何度となく意見を述べてきました。
「情報を作る」だけでなく「残し、見つけられる」こと
私が4年間を通じて繰り返し申し上げてきたことの一つが、NHKが作ってきた番組やウェブ上のコンテンツを、国民の情報資産として将来につないでほしい、ということでした。
NHKには、長い年月をかけて作られてきた膨大な映像、音声、文章、取材記録があります。
しかし、情報は保存されているだけでは利用できません。
「何が存在するのか」が分かり、それを検索でき、必要に応じてアクセスできなければ、その情報は社会にとって存在しないのとあまり変わらなくなってしまいます。
その意味で、NHKクロニクルの役割には以前から期待してきました。
一方、現状では、NHKクロニクルに掲載されている情報であっても、NHKクロニクル自身の検索では見つけられないことがあります。これは改善していただきたい点です。
もっとも、ここには新しい可能性もあります。
検索可能なメタデータを人手だけで整備するのは大変な作業ですが、映像や音声を解析し、内容を構造化し、検索可能にするという点では、近年のAI技術は極めて強力です。
AIを、コンテンツを生成するためだけではなく、過去に蓄積されたコンテンツを再発見し、利用可能にする技術として使う。
これはNHKにとって、かなり重要なテーマになるのではないかと思っています。
情報への「入口」が変わっている
もう一つ繰り返し申し上げてきたのが、情報への入口の問題です。
かつて、テレビは情報の入口でした。たとえば、わたしがオウム真理教のテロを知ったのも、911テロを知ったのもテレビ(後者はリアルタイムで2機目が突っ込むところを観た覚えがあります)でした。
しかし現在、ニュースをSNSで知る人もいれば、Google検索からたどり着く人もいます。そして今後は、検索結果そのものではなく、AIが生成した回答や要約を通じて情報に触れるケースがさらに増えていくでしょう。
このとき重要なのは、
「NHKのサイトに情報があるか」
だけではありません。
- その情報が検索できるのか。
- リンクされるのか。
- AIが参照できるのか。
- そして、そこで示された情報について、利用者が一次情報まで戻って確認できるのか。
情報への入口が変化しても、最後に確かな情報へ戻ってこられる「参照点」であり続けること。
公共メディアには、そうした役割が一層重要になるのではないかと思います。
リンクを残すことも公共的な役割
今年の春、NHKがSNS上の一部アカウントを閉じるという話があった際には、可能な限りアカウントや投稿を残してほしいという意見も申し上げました。
これはSNSそのものを保存してほしいという話ではありません。
社会の中ですでに共有され、参照されている情報への道筋を、不必要に断たないでほしいということです。
リンク切れについても同様です。
最後の審議会で取り上げられた「ファンタジーに秘められた宗教」について検索してみると、Googleの「AIによる概要」から参照されるNHKのページや、その直下に表示される検索結果の一部がリンク切れになっていました。(現在は改善しています。)
これは象徴的な問題だと思います。
ウェブの情報は「公開して終わり」ではありません。
他のページからリンクされ、検索エンジンに登録され、SNSで共有され、やがてAIから参照されます。
情報が時間とともに積み重なり、それが新しい情報や知識の基盤となっていく。
そう考えれば、「公開後も参照可能であり続けること」を、後処理ではなく最初からシステムやコンテンツ管理の設計に組み込んでおく必要があります。
いわば、Persistence by Design とでも呼ぶべき考え方です。
紅白歌合戦のリハーサルで見たもの
審議会の活動の中では、紅白歌合戦のリハーサルを見学させていただいたことも印象に残っています。
最初に伺ったときには、大道具の規模と精密さに驚きました。
普段デジタルの世界にいる私にとって、巨大な舞台装置が短時間のうちに組み替えられ、人と物理的な仕組みによって一つの番組が作られていく様子は、とても新鮮でした。
一方、昨年見学した際にはLEDパネルが大規模に使われており、数年の間にも舞台制作の方法がかなり変わっていることを実感しました。
デジタル化というと、ついソフトウェアやネットワークの話ばかり考えがちですが、放送という仕事には、カメラ、照明、美術、音響、舞台、出演者など、多くの「物理世界」があります。
その両方が組み合わさって番組が成立していることを、改めて感じる機会でもありました。
番組評から学んだこと
そして何より、審議会そのものが非常に興味深い場でした。
同じ番組を見ても、委員によってまったく違うところに注目します。
- 演出を見る人。
- 出演者の言葉を見る人。
- 社会的背景を見る人。
- 映像表現を見る人。
- 歴史や文化とのつながりを見る人。
自分ではまったく気づかなかった観点が次々と出てくるので、審議会ではメモを取る手が忙しくなることもしばしばでした。
「コンテンツを見る」ということが、これほど多面的な行為なのだということも、この4年間で学んだことの一つです。
次の世代に何を残すのか
NHKには、ニュースだけでなく、ドキュメンタリー、教育、音楽、ドラマ、地域番組など、長い時間をかけて蓄積してきた非常に大きな文化的資産があります。
生成AIが普及すると、情報を生成すること自体のコストは急速に下がっていきます。
だからこそ逆に、
- 誰が取材したのか。
- どのような過程で作られたのか。
- いつ作られたのか。
- 一次資料は何なのか。
といった、情報の来歴と信頼性がより重要になっていくでしょう。
- 確かな情報を作ること。
- それを保存すること。
- 見つけられるようにすること。
- 将来の技術からも参照できるようにすること。
- そして、必要であれば人が原典まで戻って確かめられるようにすること。
これらを一体のものとして考えることが、これからの公共メディアには重要になるのではないかと思います。
4年間の任期を終えるにあたり、改めて、委員の皆様、NHKの皆様、事務局の皆様に御礼申し上げます。
確かな情報と豊かな文化が、これからも蓄積され、利用され、そして次の世代へ手渡されていくことを願っています。
