デジタル学生証明による学割サービスの話は、かなり前から検討されている話題です。わたしの周りでも、遅くとも2012年には Student Identity Trust Framework として国立情報学研究所(NII)との間で検討がなされてきました。
- 学生 ID 向けトラストフレームワークの概要と未来展望 (2012.5)
- 学術認証フェデレーションが切り開く大学間連携の新時代 (2012.12)
- 学認システムと学割サービス連携の新時代:トラストフレームワークが実現する便利で安全な学生生活 (2016.10)
今回発表されたものは、これらの線上に乗りながら、実装技術としてマイナンバーカードやデジタル認証アプリ、Microsoft Authenticator とVCを取り入れたものになっています。ある意味、紙やカードのアナロジーに載せることで一般の経験則的に「分かりやすく」なったところもあるかもしれません。以下はその概要です。
概要
JR西日本とデジタル庁は、大学生の在学証明確認にマイナンバーカードを活用する実証実験を大阪駅で実施しました。本実験は、学生がオンラインでデジタル在学証明書を取得し、デジタル乗車券購入時の本人確認にマイナンバーカードを用いることで、従来の紙の在学証明書提示による窓口手続きを不要とし、利便性向上と業務効率化を目指すものです。国立情報学研究所(NII)が提供するサービスとJR西日本のデジタルプラットフォーム「WESTER」の連携も視野に入れ、将来的には他の公共機関やサービスへの応用も目指しています。
発表されたのは主に以下のような項目です。
1. マイナンバーカードを活用した在学証明のデジタル化
- 従来、学生が学割乗車券を購入する際には、紙の在学証明書を駅の窓口で提示する必要がありました。
- 本実証実験では、学生がオンラインでデジタル在学証明書を取得し、マイナンバーカードを本人確認に利用することで、この手続きをオンラインで完結させます。
- 日経新聞の記事では、実証実験の様子として「マイナカードで在学証明を確認して購入したウェブ乗車券」の写真が掲載されています。
- JR西日本のプレスリリースによると、学生はまず「デジタル認証アプリ」と「Microsoft Authenticator」をスマートフォンにダウンロードし、大学のウェブシステムで在学証明情報を取得、それをMicrosoft Authenticatorと連携させる流れとなります。
細かい流れは以下の図表1通りです。
図表1:JR西日本プレスリリースによる流れ
- 「デジタル認証アプリ」1「Microsoft Authenticator」2をスマートフォンにダウンロード
- 大学のウェブシステムに学生がログインし国立情報学研究所(NII)が提供する在学証明情報を取得
- 取得した在学証明情報を Microsoft Authenticator と連携し、情報を学生が保有するスマートフォンに格納
- JR 西日本がサービス提供する電子チケット販売プラットフォーム「まちのヲトモパスポート」に「デジタル認証アプリ」でログイン
- 「デジタル認証アプリ」が立ち上がり学生本人のマイナンバーカードを読み取り認証を実施し、MAB3 に登録した情報と本人情報が同一であることを確認
- 「まちのヲトモパスポート」に表示された、学生限定の割引チケットを取得する際、Microsoft Authenticator と連携し、MAB で認証した本人が在学していることを検証
- 学生限定チケットを取得
と、言っても関係性がよくわかりませんね。なので、想像力バリバリで簡略版のシーケンス図(図表2)を書いてみました。
図表2:JR西日本ーデジタル庁実証実験シーケンス図

個人的に注意を引いた点としては、以下があります。
- いわゆる認証連携ベース(SAMLやOpenID Connect)でやるのに比べて、図表1では手順3, 6 が増えている。その代わり、大学は学生がどこで学割を使ったかがわからないようになっている。(逆に言えば、大学にわかっても良ければこのステップは省略できる。)
- このプレスリリースからは発行された在学証明情報がどのように失効させられるかがわからない。(やりかたによっては、大学に証明書利用がわかってしまうようになるので要注意。おそらく、VC Status List あたりを使うのであろう。)
- いわゆる、属性ベースの名寄せを利用している。このためにマイナンバーカードとデジタル認証アプリを使っている。(そもそも、大学発行の証明書を信じることにすれば、マイナンバーカードからの基本4情報は不必要なはず。お一人様一回限りをやるなら、デジタル認証アプリの発行する利用し識別子の値(
sub
値)だけで十分なはず。複数の学校に所属しているようなケースを例外として忘れることにすれば、それすらも要らないはず。)
2. オンラインでの学割乗車券購入と顔認証による改札通過
- 実証実験では、大阪大学の学生が購入したデジタル乗車券を使用し、顔認証で改札口を通過しました。
- 阪大大学院の武内祐哉さんは「すべてオンラインで完結してスムーズに改札に入れた」と、その利便性を語っています(日経新聞)。
※ 顔認証に使う顔画像をどのステップで取得したのかがよくわからないので、そこは聞いてみたいところです。
3. 関係機関の連携
- 本実証実験は、デジタル庁の公募事業としてJR西日本が採択され、国立情報学研究所(NII)が提供するデジタル在学証明書発行サービスを利用して行われました。
- デジタル庁の岸信千世大臣政務官は「将来的には複数の大学や公共機関での応用をめざしたい」と述べており、連携の重要性が示唆されています(日経新聞)。
4. JR西日本の狙いと今後の展望
- JR西日本は、窓口業務の効率化に加え、「学生など若い人との接点を増やしてサービスを深化させたい」(JR西日本デジタルソリューション本部長 奥田英雄氏、日経新聞)と考えています。
- 2026年初頭にも大阪大学との間で、マイナンバーカードを用いた在学証明の本格的な開始を目指しています。
- 将来的には、JR西日本グループ共通ID「WESTER」との連携によるサービス拡大も検討されています。
- ケータイ Watchの記事では、本実証実験が「現在も多くの在学証明書が紙で発行されている状況を踏まえ、その代表的な事例として選ばれたもの」と説明されており、全国の大学への普及や他の資格情報への応用も視野に入れていることがわかります。
- JR西日本プレスリリースでは、2025年度に大阪大学と連携し、学生にとって分かりやすく使いやすいスキームへの改良を進める方針が示されています。
- 長期的には、交通機関だけでなく、レンタカー、バス、航空券、美術館など幅広い分野での活用も見据えています(ケータイ Watch)。
5. 技術基盤「Mobility Auth Bridge (MAB)」の活用
- JR西日本のプレスリリースによると、本実証実験では、KANSAI MaaSでも導入されている「Mobility Auth Bridge(MAB)」というID基盤が活用されています。
- MABは、利用者の同意があれば、一つのIDで様々なサービスを利用できるセキュアなIDサービスであり、デジタル社会に必要なインフラ基盤としてJR西日本がNTTコミュニケーションズ、伊藤忠テクノソリューションズの支援を受けて開発したものです。
- MABの活用により、デジタルサービスの個客データ収集・利活用が可能となり、地域への貢献も期待されています。
6. SDGsへの貢献
- JR西日本のプレスリリースでは、今回の取り組みがSDGsの目標のうち、特に「3. すべての人に健康と福祉を」「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」「11. 住み続けられるまちづくりを」「17. パートナーシップで目標を達成しよう」に貢献するとの考えが示されています。
引用
- (武内祐哉さん)「すべてオンラインで完結してスムーズに改札に入れた」(日経新聞)
- (岸信千世大臣政務官)「将来的には複数の大学や公共機関での応用をめざしたい」(日経新聞)
- (奥田英雄・JR西取締役常務執行役員)「学生など若い人との接点を増やしてサービスを深化させたい」(日経新聞)
- (JR西日本プレスリリース)「オンラインで本人確認から学割利用まで完結可能なスキームを試験開発しました。」
- (ケータイ Watch)「マイナンバーカードを介することで、本人であることを証明する」
- (ケータイ Watch)「今後は、全国の大学への普及や、卒業証書・成績証明書など他の資格情報への応用も視野に入れている。」
- (JR西日本プレスリリース)「利用者が同意すれば、1 つの ID で MAB に参画する自治体や企業のさまざまなサービスをご利用いただけるセキュアな ID サービスです。」
結論
JR西日本とデジタル庁によるマイナンバーカードを活用した在学証明の実証実験は、学生の利便性向上と鉄道事業者の業務効率化に大きく貢献する可能性を示唆しています。デジタル在学証明書とオンラインでの学割乗車券購入、そして顔認証によるスムーズな改札通過は、次世代の公共交通利用のあり方を提示するものです。今後、実証実験の成果を踏まえ、全国的な展開や他の分野への応用が進むことが期待されます。また、技術基盤であるMABの活用は、様々な地域サービスとの連携を促進し、より便利で豊かな社会の実現に寄与する可能性を秘めています。
(付録)シーケンス図のコード
title JR西日本-デジタル庁実証実験想像図
participant 学生 as U
participant ブラウザ as UA
participant ウォレット as W
participant 大学 as NII
participant デジタル認証アプリサーバ as D
participant デジタル認証アプリ as Dc
participant MAB as Mobile Auth Bridge
participant チケットサイト as T
autonumber on
U–>UA: 在学証明書発行依頼
UA->NII: 在学証明書発行依頼
NII->UA: ログイン画面表示
U–>UA: ログイン情報入力
UA->NII: ログイン情報
NII->NII: ログイン情報チェック
NII->UA: MS Authenticator 呼び出し+トークン
UA->W: 起動, トークン
W->NII: 在学証明書取得 w/トークン
NII->W: 在学証明書
U–>UA: チケットサイトアクセス
UA->T: アクセス
T–>MAB: MABに認証要求
MAB–>UA: ログイン画面
UA–>U: ログイン画面表示
U–>UA: デジタル認証アプリで認証を選択
UA->MAB: 選択結果通知
MAB–>UA: リダイレクト
UA->D: ユーザ認証要求
D–>UA: デジタル認証アプリ起動
UA->Dc: 起動
Dc–>U: マイナンバーカード提示要求
U–>Dc: マイナカード提示
Dc->D: スキャン結果提示
D->D: スキャン結果検証
D–>UA: リダイレクト w/code
UA->MAB: code 提示
MAB->D: code, client assertion提示
D->MAB: 4情報返却
MAB->MAB: MABに登録した情報上記4情報が同一であることを確認
MAB->T: OK
T–>UA: チケット一覧表示
UA–>U: 表示
U–>UA: チケット選択
UA->T: チケット選択
T–>UA: 在学証明要求
UA->W: 起動+在学証明要求
W–>U: 在学証明提示許可要求
U–>W: 許可
W–>UA: 在学証明書
UA->T: 在学証明書
T->T: 資格確認
T–>UA: 購入成功表示
脚注
- マイナンバーカードを使った本人確認を、安全・簡単にするためのアプリ。デジタル庁提供。OpenID Connectを使っている。
- マイクロソフト社が提供するパスワードを使用せずにすべてのアカウントにサインインするのに役立つ無料アプリ。ワンタイムパスワードの発行によく使われる。Verifiable Credential も格納可能
- Mobility Auth Bridge。利用者が同意すれば、1つのIDでMABに参画する自治体や企業のさまざまなサービスをご利用いただけるセキュアなIDサービスです。地域のインフラを支えるJR西日本が、NTTコミュニケーションズ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:小島克重)及伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:新宮達史)の支援を受け、国内鉄道事業者として初めて、デジタル社会に必要なインフラ基盤をアズ・ア・サービス化したものです。ユーザーファーストの思想を念頭に利用者が一つのIDで、どこでも、さまざまな利用サービスを選択することによって、移動・暮らしがより便利でおトクになります。また、導入する自治体や企業は、MABの利用によりデジタルサービスの個客データ収集・利活用ができることから、データインフォームドによる新たな価値の創出による地域への貢献が可能となります。