3つのゴールドベルグ変奏曲〜グレン・グールド、マリア・ティーポ(ブゾーニの孫弟子)、筋肉ピアニスト-ツィモン・バルト(ブゾーニ盤)とブゾーニの演奏を巡って

今日、夜中の電話会議が終わってナクソス・ミュージックライブラリを開けたら、今週の一枚としてマッスル・ピアニストことツィモン・バルトのゴルトベルグ変奏曲(F.ブゾーニ盤)が出ていた。なんでもナクソスイチオシのピアニストらしい。

J.S.バッハの通称「ゴールドベルグ変奏曲」の正式名称は「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」 (Clavier Ubung bestehend in einer ARIA mit verschiedenen Veraenderungen vors Clavicimbal mit 2 Manualen)  (BWV 988)であり、全4巻からなる「クラヴィーア練習曲集」の第4巻をなす。1742年に出版されたこの曲は、チェンバロ時代が終わりピアノ時代になってからは長らく忘れられていた曲だが、モダンチェンバロをつかったランドフスカの演奏もさることながら、なんといってもグレン・グールドのデビュー録音の大ヒットによって広く知られるようになった曲と言って良いだろう。

そんなわけもあって、ゴールドベルグ変奏曲と言ったら、グールドの新旧録音、そう僕は長いこと思っていた。特に、82年10月にグールドが無くなった直後、前年の新録音を聞いた時の衝撃はすごかった。今でも、ナイロビのわが家にマーク・オバマ・ンディサンディオ[1]がLPを抱えて「まぁ聞け」とやってきてかけて、二人でしびれたのをよく覚えている。1時間が一瞬であった。

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グールドの録音を信奉したのはそれだけが理由では無い。当時、マークの師匠でも有り妹の師匠でもあった、数少ないヴィルヘルム・ケンプの直弟子のミセス・デイヴィスも絶賛していたのだから、当時高校生だった私が影響を受けないわけは無い。

それが覆ったのはごく最近、マリア・ティーポを聞いてからだ。ミラノの女ホロヴィッツと称され、あのアルゲリッチが尊敬する女流ピアニストであるマリア・ティーポの演奏は、グールドがピアノでチェンパロでの演奏を再生したとしたら、あたかもオーケストラ付き合唱を再現したようであった。とにかく教会での合唱が聞こえてくる。テノール、バス、アルト、そしてそれにかぶせてソプラノが出てくる。「あー、バッハはチェンバロでこれをやりたかったんだろうな。」そう思えてくる演奏だ。

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マリア・ティーポは日本ではあまり知られていない、いや、ヨーロッパでもあまり知られていないかもしれないが、ものすごいピアニストだと思う。アルゲリッチが2000年のインタビューで「マリア・ティーポ。彼女はセンセーショナルだ。彼女がもうピアノを弾かなくなった(のは残念だ)」[2]と言っているのからも分かるだろう。

マリア・ティーポはイタリアのピアニストで、母親はブゾーニの直弟子、アルフレッド・カゼッラの弟子である。1931年生まれで、17歳でジュネーブ国際コンクールで優勝している。1955年のアメリカツアーの折にたった4時間で録音したスカルラッティの12曲のソナタは「ニューズウィーク」誌により「今年最も優れたレコード」と絶賛されている。「ナポリの女ホロヴィッツ」の面目躍如である[3]

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さて、ここで一回り回ってツィモン・バルトのゴルトベルグ変奏曲である。使っているのはブゾーニ版の楽譜、つまり、マリア・ティーポが直系に連なるイタリアの大ピアニスト・作曲家が編纂した版である。

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出だしからグールドを超えるほどの遅さと、グールドには見られない「ロマン派」的なリズムの揺れを見せるのだが…。どうなんですかね…。慣れればそれはそれで良いのかもしれないが…。ちなみに、ブゾーニ本人のバッハの演奏を聞くと、そんなにテンポ揺らさないですよ。リストもあっさりしてますしね。ロマン派の人たちって、一般に現代のわれわれが考えるよりもずっとあっさりしたテンポの早い演奏しますよね…。

という訳で、ブゾーニの残した数少ない録音の中で、生前のブゾーニの演奏を知るブゾーニの孫弟子、Gunnar Johansenがブゾーニを伝える唯一のピアノロール録音と語る録音で最後は締めることにしよう。

リストの「鬼火」。F. ブゾーニの演奏で、どうぞ。うまい、よねぇ。ケレン味なくすごくあっさりひいていながらダイナミックで。

【脚注】

[1] 当時は彼の兄がアメリカの初代有色人種大統領になるとはつゆ知らず…(笑

[2] イタリア・Radio 3「An Interview with Martha Argerich」(2000/2/16) http://www.andrys.com/argitaly.html 同門のアバドと一緒にインタビューを受けている。

[3] 硬質の音とともに、スカルラッティを得意とするところ、そしてアルゲリッチを上回るとまで言われるテクニックも、ホロヴィッツを彷彿とさせるのだろう。


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