Robert van Sice マリンバ公開レッスン 

〜2002/5/7 17:10-19:30 東京音楽大学 Aホール〜

5時10分からという時間は、勤め人の私にはちょっと辛く、到着は5時50分ごろになってしまった。場所は東京音大のAホールという場所で、到着したときには、ステージの上に生徒を集めて、ヴァン・サイス教授がマレットの使い方についてレクチャーしていた。バーのたたく場所と、マレットの角度によっていかに多くの音色を作り出せるかということを実演していた。また、表現を考えるときに、自分の声で歌うことの重要性を強調していた。曰く、「マリンバは歌わないという人が多いが、それは奏者が歌わせないだけで、マリンバ自体は歌う能力を持っている。」

ステージの上でのレクチャーが終わると、3人の生徒の演奏とクリニックになった。

一人目は3年生の高野綾さんで、Zivkovic の Illijas を演奏した。教授は、美しい音をほめ、その後に、次のようなアドバイスをした。

「この曲の始めの部分の左手はあくまで伴奏であり、右手のメロディーをもっと引き立てるべき。そのためには、左手の分散和音が上がってゆくにつれ音量を押さえてゆくと良い。

「この曲は、民族色の強いダンスの部分がある。その部分は、ダンスのようにではなく、ダンスとして弾かなければならない(Bob Becker 氏の引用 「ダンスを弾くんだったらよぉ、ちゃんと踊らせろよなぁ。」)。もっと踊らなければ。(高野さんにもう一度弾くように即す。)うちのおばあちゃんは、確かにそんな風に踊るよ。だけど、もっといけるでしょう。こんな風に。(曲を口ずさみながら踊る)。あなたのような、若く美しい女の子が、僕みたいな中年のはげデブおやじよりノリが悪いって言うのは、問題があるよぉ。」

二人目は4年生の安本清香さんで、曲目は A. Thomas の Marlin II.

この演奏についてコメントを述べる前に、全曲のユーモラスな雰囲気とは一転、まず音楽家としての心構えを話された。

「およそ新しい曲を弾くときには、3つのことをなさなければならない。それらは以下のようになる。

(1)その曲や作曲家に関するリサーチ
(2)楽譜の読み込み
(3)作曲家と演奏家の融合

(安本さんに話し掛けて)あなたは、Andrew Thomas がどういう人だか知っていますか?」

(1)その曲や作曲家に関するリサーチ
まず、その曲や作曲家に関するリサーチであるが、その作曲家はどんな人なのか、彼の音楽はどんな風に鳴るべきなのかということである。
この曲に関して言えば、まずAndy Thomas とはどんなひとかということを調べなければならない。彼は、ニューヨークのジュリアード音楽院で教えている作曲家で、全ての作品はサンバに代表される南米の音楽に影響されている。また、神秘主義(Mythtism) に深く影響されている。

次なる問題は、Merlin とはどういう人かということである。
Merlin とは、神話(Mythical Story/poem) に出てくる魔術師(Magician) である。【筆者註:アーサー王伝説に出てくる魔術師。ケルト神話にも出てくる。魔法使いのステレオタイプなイメージとして、濃紺のガウンに星のついた三角帽子をかぶった、白いひげの老人というのがあるが、あれが正に Merlin である。欧米では、サンタクロース並に有名。】 この曲の全ての部品(和声進行、リズム)は、Merlin に関するその詩 【筆者註:Edwin Arlington Robinson 著 \”Merlin\”】 から取られている。だから、その詩をまず理解することが必要なのである。【筆者註:ちなみに、このことも、この詩自体も、楽譜の内扉に貼ってある。もちろん、ちゃんとした理解のためには、この抜書きだけでなく、全文を読むべきだろうが。そして、おそらくは、Robert de Boron\’s の \”Merlin\” や、Sir Thomas Malory の \”Le Morte Darthur\” も。】

(2)楽譜の読み込み
まずするべきことは、コンピュータが演奏したらどのようになるかを勉強することだ。
楽譜の全てを学ぶこと。
全てといったら全て。余白もである。
たとえば、五線譜を修正液で塗りつぶしたら、その場所を、ダイナミクス記号などまで含めて、そらで書けなければいけない。たとえば、マウリツィオ・ポリーニが曲を弾く場合、彼はもちろんそのレベルまで曲を読みこんでいる。
死ぬまでにぜひポリーニのレベルでマリンバを演奏する人を見たい。

(3)作曲家と演奏家の融合
ここに至って、やっと作曲家と演奏家の融合という幸せなことを行うことができる。しかし、これは、(1)、(2)が終わってから手がけるべきことで、その前にする資格は無い。

実は筆者は同じような話を以前別のところで別の人から聞いたことがある。作曲家の三好晃氏が、第2回世界マリンバコンクールで講演されたのだが、日本の音楽家の状況について、「リストの「ダンテを読みて」を演奏するのに、ダンテも読まずに演奏すると嘆かれて居られたのだ。これに類する話は、結構ある。楽譜を読み込むということに関しても、余りにもフレージングやら何やらに無頓着な鍵盤奏者が多い。これは、日本の初等音楽教育に問題があるのではないかと筆者は思っているが(だいたい、ブルグミューラだとか、ああいう曲を、どうしてあんなに弾き飛ばさせるのか?)、これは別の機会に譲ろう。

さて、話を戻そう。心構えを話された後、今度は曲自体について解説をはじめた。曰く、

「この曲に、何回のテンポチェンジがあるか、数えてみてほしい。3回だけだ。
ということは、明らかにロマン派のような音楽ではない。
単一テンポによるダンス音楽であることは明らか。だから、そのように弾かなければいけない。

ただし、Andy Thomas の考慮もれが一つある。
72 というtempo marking は最初は心地良いが、オクターブのパートをそのテンポで演奏するのはムリ。L.H.Stevens でも弾けないのだから、だれも弾けない。したがって、上記を鑑み、この曲のテンポは、オクターブの部分をコントロールできる限りにおいて弾ける最高のテンポで統一するということになる。

「さて、次に問題にしたいのが、ミスタッチの話である。Marimba 演奏で、どの程度のミスタッチが許されるだろうか。ためしに、その辺りで練習しているピアニストとバイオリニストに聞いてみよう。
      『どれくらいのミスタッチが本番であってもよいか?』
おそらく、薬(ヤク)をやってラリッていると思われるのが関の山だ。

「10分間の曲で、5つ以上のミスタッチがあったら、その曲はあなたには難しすぎる。

Yo Yo Ma なら2時間のコンサートで、悪くても5つ、普通なら1〜2個、良い日なら、0だろう。
それが現実だ。」

次の演奏は、姜 潤伊(Kan Yuni) さん(4年生)で、曲目は J.Shwantner の Velocitys であった。

演奏後の一言目は「すばらしい。正直で、気持ちがこもっている(full of spirit)」ということで、続いて曲の解説に入った。

「Shwantner は Yale で教えている作曲家で、合同でこの曲についてレッスンすることがある。そのとき彼は長いあごひげをなでながら、毎回同じことを言う。
『譜面の最初に何が書いてある?』
四分音符=108
Relentless 等々と答えると、次には、
『私のスコアのどこにテンポチェンジが書いてある?』と聞いてくる。『1ページ目には、ないなぁ。2ページ目も…』

「この曲はShwantner にとって実験的な曲だった。
伝統的な音楽のようにハーモニーで曲を構成するのではなくて、ダイナミクスで曲を構成するというものだ。そのため、10種類の強弱記号がある。したがって、この曲の強弱記号は、モーツアルトの key signature と同じくらい重要である。

「ブレズニックの協奏曲も同じような和声を持っているが、速いテンポでマリンバの全域を使う曲では、マレットを低く押さえなければいけない。
彼女が多くのミスタッチをしたのは、マレットを高く上げすぎるのが原因だろう。

「姿勢は前のめりになってはいけない。太極拳のように腰を落とすことによって、エネルギーの無駄な放出を防ぐことができる。手をたたいてみれば、音の差は明らか。(通訳の小森氏を呼んで、手を出させ、前かがみと、腰を落とした状態で手を上からたたいて音の差をデモンストレートする。)

逆に、これを使って音色を変えることもできる。軽い早い音は重心を上げて弾くとよい。重い音は重心を下げて弾く。」

その後、姜さんより、「テンポを一定に保つということは分ったが、自然に出てくる間もある。これは、どのように考えるか?」との質問があった。ヴァン・サイス氏の答えは、「水面下にあるパルスは一定でなければならければいけない。」ということだった。

クリニックの後、7分だけ時間が余ったということで、小森氏と二人で「Table Music」と「孤独なサンタクロース」を演奏した。

Thierry De Mey は、Dance company に曲を提供している作曲家で、Table Music は、手の動きにすべてシンボルが決められて、それが楽譜に記述されている。これは、筆者もお気に入りの曲で、本来は3人用なのだが、この日は2人用に編曲したバージョンが演奏された。Van Sice 氏の例によってウィットに富んだ楽しい演奏だったが、マイクで増幅した音が大音量でステージの両脇からガンガン出てくたのは、ちょっと残念。演奏場所と音像がずれてしまって、違和感があった。

「孤独なサンタクロース」は、Van Sice氏のロッテルダム時代の教え子で、現在は作曲家として活躍しているFrederic Anderson の曲だが、その彼が卒業時にスウェーデンに帰らなければならないときに、自らのそのさびしい気持ちをサンタクロースになぞらえて書いた、とても静かな、しかし味わい深い曲である。

Van Sice 氏曰く「先日審査員を務めたのコンクールでは、全員速くて音量の大きい曲を弾いていた。
しかし、マリンバはそれだけではない。
優しい、美しい音を出すほうが難しい。」

まったくだ。

(崎村 夏彦)

 

Robert van Sice マリンバ公開レッスン

〜2002/5/7 17:10-19:30 東京音楽大学 Aホール〜

通訳:小森 邦彦
高野 綾(3年) N.J.Zivkovic: Ilijas
Takano, Aya

安本 清香(4年) A.Thomas: Merlin II
Yasumoto, Sayaka

姜 潤伊(4年)  J.Shwantner: Velocitys
Kan, Yuni

Robert van Sice, 小森 邦彦
Thierry De Mey: Table Music
Frederic Anderson: 孤独なサンタクロース

 

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